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妄想を告白したついでに、最後までボクの満たされるはずも無かった 「妄想」 に付き合って頂きましょう。
わかりやすく極端な言い方をすると、こんな構成を夢見ていたのです。
20歳現在 「ケイリー の自殺」 に対して
↓
【 ストーリー推進型 「映画のルール」 】 を活用して 元凶となっていた
7歳時 《 3番目 ・ いかがわしい撮影 》 にタイムリープ。
「ケイリー の自殺」 の元凶を排除
↓
「第2の人生」 が始まる。
「主人公の目的」 (ケイリー や身近な者を救う) が達成できたと思いきや、
【 振り出しに戻れ型 「映画のルール」 】 が発生。
エヴァン が投獄されてしまう。
(ここからボクの勝手な妄想が始まります)
↓
【 ストーリー推進型 「映画のルール」 】 を活用して 次の4番目の時制である
7歳時 《 4番目 ・ 精神障害の父からの殺意 》 にタイムリープ。
「ケイリーの自殺」 を回避したまま、「エヴァン の投獄」 の元凶を削除
↓
「第3の人生」 が始まる。
「主人公の目的」 (ケイリーや身近な者を救う)が 達成できたと思いきや 、
【 振り出しに戻れ型 「映画のルール」 】 が発生。
何らかの不幸が発生する。
↓
【 ストーリー推進型 「映画のルール」 】 を活用して 次の5番目の時制である
13歳時 《 5番目 ・ ダイナマイトによるいたずら 》 にタイムリープ。
「ケイリーの自殺」 と 「エヴァンの投獄」 を回避したままその元凶を削除
↓
「第4の人生」 が始まる。
主人公の目的が達成できたと思いきや
【 振り出しに戻れ型 「映画のルール」 】 が発生。
何らかの不幸が発生する。
↓
【 ストーリー推進型 「映画のルール」 】 を活用して 次の時制で最後となる
13歳時 《 6晩目 ・ 愛犬の焼き殺し 》 にタイムリープ。
今までのリスクを全て押え込みながら、その元凶を削除
↓
「第5の人生」 が始まる。
やっと 主人公の目的を達成し理想の形になる。
しかし、だ。 まだ活用されていなく、「古い時制」 である、
「積み木構造」 の土台となっている 「記憶喪失ポイント」 、
7歳時 《 1番目 ・ 殺人の絵 》
授業中に発生。
「ナイフで人を刺し殺した絵」 を無意識のうちに書いていた
と
7歳時 《 2番目 ・ キッチンでの包丁 》
自宅で発生。
キッチンで包丁を (殺意ありそうに)持っていた
の存在によって
↓
急転直下な終盤が展開される !!
といいな.......。
と 極論を言うと、このような 「積み上げ修正型」 の理論整然とした謎解きを夢見てしまったのです。
でも、今作は、緊密で有機的な時間の絡み合いを放棄をし、タイムリープの先々でやらかした失敗のフォーローに終始。ちっとも前に進んでいかないのです。
無計画な行き当たりばったりのタイムリープを繰り返していくうち、映画自体も無配慮で薄っぺらなものになっていってしまいました。
この非常に残念な思いを持ちながらの鑑賞となったのですが、その後に続く杜撰な構成にはほとほと呆れ返ってしまいました。 ちゃぶ台返し的な特権を与えることができる、
7歳時の 《 1番目 ・ 殺人の絵 》 と
《 2番目 ・ キッチンでの包丁 》 が
オープニング早々に視聴者の興味を持続させるだけのツールでしかなく、ストーリーを語る上で全く活用されていない愚行に亞然としてしまったのです。
この行為は誠実に鑑賞をしてきた者に対しての
裏切りとしボクは受け取りました。
タイムリープを扱うのであれば、その推進役となった 「記憶喪失ポイント」 を無駄に消費するのではなく、もっと真摯に向き合うべきだと強く主張をしたいと思います。
でも、今作にこのような姿勢を求めても全く無駄のようでした。
何故なら、前述のようにうまく機能していない 「記憶喪失ポイント」 が放置されてあったり、逆に、 《 第3番目 ・ いかがわしい撮影 》 に対しては 違う目的で2回に渡って戻り、いじり過ぎて安っぽく、安直な印象を焼き付けられてしまったのです。しかも、2回目の是正措置は オマヌケな失敗 (苦) で終わってしまうし.....。
最後の 《 初めての出会い 》 に至っては 今まで秩序としてきた 日記 とか 「記憶喪失ポイント」 はどこかに忘れ去られて、言わば、ご都合主義的な タイム・リープ によって、絶対絶命の境遇からまんまと脱出をして行ったのです
ガッカリだな.......。
構造的な落ち度の数々の次には、感情的な面についての不足分を指摘していきます。
今作の 「目的」 は不幸な人生を送り、自ら命を絶ってしまった 幼馴染のケイリー を救うことでした。
しかし、7歳時と13歳時に濃密なエピソードを共有し、サイドミラー越しの 悲しい別れを提示しておきながら、その ケイリー と20歳時になるまで音信不通であったという設定には、ボクは強い拒否反応を起こしてしまいました。
7歳時と13歳時の種まきが、20歳時の今に有機的に反映されていないことに、またもや強い違和感を感じてしまったのです。
そもそもはその程度の思い入れしか ケイリー に対して持っていなかったくせに、自殺という局面に一転して、急に ケイリー を救わなければいけないと思い立ち 【 推進型 「映画のルール」 】 を駆使しだす。
そんな行き当たりばったりの薄っぺらい動機が見えてしまったのです。
せめて、ケイリー を大切に思っていたが、何らかの理由によって会えなかった、もしくは会うのを差し控えていた。という、配慮が欲しかったと思います。そうすればラストの エヴァン の哀しみがもっと増幅して心を打ったことでしょうに.......。
また、極私的な印象としては 「幼児ポルノ」 や 「刑務所での暴力・男色」 というダークな側面は避けて欲しかったと思います。また、暴力的な描写や性描写を意図的に持ってきた点についても同様の思いです。
結局は、今作の終結方法は、「初恋の人を守るために自分の存在を消す」 という純粋なペシミズムの世界に昇華していくわけですから、暗黒面の提示はメリハリを作りはしたが、ストレートな感情発露の大きな邪魔になったとしか思えてなりませんでした。
残念ながらボクは今作に対して
構成的な面でもっと知的で緻密なパズルにして欲しかった
感情の面で エヴァン と ケイリー の絆を丹念に描いて欲しかった
純粋な世界観を照れずにストレートに打ち出して欲しかった。
と率直に思わずにはいられなかったのでした。
もしボクが今作の序盤にタイムリープすることができるとしたら、今作のカメラ
オペレーターの腕を引っぱって、坂道を疾走してくるMTBの少年に強引に
パンニングをさせたことでしょう。
ボクのこの 「小さな羽ばたき」 が
構成面での緻密なパズルを描き、
感情の醸成を実現し、
爽やかな印象のまま、あの心に響くエンディングに行き着く
という 「大きな台風」 となってくれるなら、
喜んでトライしたことでしょう。
もう一度言おう。
■ 「 小さな蝶の羽ばたきが、地球の裏では台風を引き起こすこともある 」
このカオス理論の言葉にインスパイヤーされた今作のプロットは良い。
■ オープニングのタイトルもイマジネーション豊かで秀逸な出来だと思う。
■ エンディングも非常に情感に訴えるものがあった。
しかしだ、この素晴らしい要素を結びつけるディティールの数々が、ボクの期待を
ことごとく
裏切っていってしまったのです。
実に、実に惜しい映画でした。
次は「緋牡丹博徒 花札勝負」 をアップさせたいと思っております。
http://ouiaojg8.blog56.fc2.com/blog-entry-84.html
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