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ロバート・アルトマン監督のご冥福をお祈りします。
「帰って来たヨッパライ」の車内鑑賞レビューです。
1968年 大島渚による 出来損ないの仮面を被った、非常に先鋭な映画でした。
今作を鑑賞して驚愕したことは、
“1968年当時の「日本」と「韓国」の間にある凄まじいまでの落差”
でした。
「ニッポン」は1950年代の朝鮮戦争による戦争特需を踏み台にして「無責任男」のノリに象徴される
“罪無き高度経済成長”
を無邪気に謳歌している真っ最中。団塊世代の“ヤング達”はグループサウンズの軽快で軽薄な風潮の元、“ミリタリー・ルック”に身を包み、「自由」と「個性」を声高に叫んでおりました。
一方の「韓国」は日本帝国主義の支配と南北分断の朝鮮戦争によって疲弊の一途を辿り、“北”の脅威に備えながら、徴兵制のもと軍備を増強。アメリカのベトナム戦争に狩り出される形で、約31万人もの若者が無理やりに“軍服”を着せられ、
地獄のベトナム
に移送されていたのです。自国の戦争ではなく、アメリカとの“お付き合い”の中でたった一つの命を落とす。しかも、たまたま巡りきた徴兵期間で死んでいった若者が相当数いたであろうことを偲び、心が痛みました。 1968年現在、私達の隣国は「自分らしさ」の追求どころではない、己の命の維持さえもままならない、そんな過酷な状況にあったのです。
「ニッポン」と「韓国」を分かつ玄界灘には、このように絶対的な「社会的乖離」という深く長い海溝が、確かに存在していたのです。
今作はフォーククルセダーズという3人組を1968年「ニッポン」の若者の象徴的サンプルとして抽出し、玄界灘を目前とする北九州の海岸をスタートの地として、ベトナム戦争から逃れるために密航して来た「韓国」脱走軍人との
生死をめぐる“鬼ゴッコ”
を演じさせることによって、二つの国に横たわるこの大きな乖離を浮き彫りにしてくるのです。しかも「ミリタリー・ルック」と「軍服」に対比される “服” という記号を奪い合うことによって、時として「日本人」の称号を得て自由を獲得し、時として脱走「韓国人」として追われる身となる、こんな
記号論的な属性の混濁
を創出して、両国民を外見だけで識別することの困難さを今さらながらに再確認させています。そのことによって、「ニッポン」ノンポリ学生と「韓国」脱走軍人の間には、生物学的に識別・区分けするものは一切無く、両者のこの極端な人生の相違は、人為的に作られた“国家”という概念に支配されていることを訴えてくるのです。
二つの国家におけるこの大きな人生の相違は、“命の格差”の問題へ直結して語られていきます。韓国脱走軍人の自虐的な発言、「べトナムで即死したら343,200ウォンが支給される。しかし3回即死しても日本の乗用車1台さえ買うことができない」 に加えて、“即死” や “傷がもとでじわじわ死ぬ” 場合などの料金ランクがあることも暴露。どうせ死ぬのなら遺族のために “即死” を選んで、少しでも金額を残してあげたいという気持ちだったのでしょうか、ベトナムでの極限状態における韓国軍人の “武勇伝” はこんな哀しい構造によって成されていたのかもしれません。
そんな時代背景に触れて、
“日本人であることとは? そして韓国人であることとは?”
という大きな問題提起を前に途方に暮れ、
“人為的に作られた「国家」という概念によって差別・翻弄されてしまう人生"
や、
“生物学的には同一でありながら、命の尊さに違いが生じることのやるせなさ”
について考え込んでしまった。
終盤、この映画は現実の世界を離脱し、イメージの世界に突入していきます。
ベトコンを銃殺する場面がコラージュされた大壁画の前で、「韓国」脱走軍人達が銃殺刑に処されるイメージが映画的空間上で展開されていきます。「ニッポン」のノンポリ学生は、まるで遊覧カートのごとくゆっくりと近づいて来る列車の窓ごしにこのイメージを目撃します。「韓国」軍人が頭を打ち抜かれようとするまさにその時、学生達は
己の属性という枠
を超えて、初めて一人の人間としての良心に突き動かされるのです。抹殺されようとする彼らの不条理と悲劇を理解し、その不平等な痛みを引き受けるがごとく死刑執行人に向かって叫びます。
「僕達こそが、韓国軍人だ!」
と しかし「ニッポン」の警察官の制服に身を包んだ執行人たちは耳を貸そうともせずに、鉛の玉を脳にブチ込みます。人生の負なるもの、醜いもの、貧しいものを彼らに一身に背負わせて、「ニッポン」のノー天気な繁栄を維持させるための
“生贄”として........ 。
これが大島渚のフィルターを通して語られた 1968年の「韓国」と「ニッポン」。
「漢江の奇跡」や'88年オリンピックを経て40年。「韓流ブーム」という社会風潮の中、玄海灘は急激にその距離を縮めたわけですが、1968年当時、「韓国」は近くて遠い しかも、日本海沿岸では 密航という危ない響きを持った国 と認識されていたのです。
そして2006年 北の隣国が“超”危険国家として脚光浴びる現在があるのですが、これからの40年、この映画のように想像すらできない変化が起こるのでしょうか.....。
先日「シン・シティ」の車内鑑賞を終了。今感想文を書いております。
今、「誰も知らない」の終盤を車内鑑賞中。
次回は「駅馬車」を車内鑑賞予定でおります。
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