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ワインパーティー

 投稿者:たまみ  投稿日:2016年12月 5日(月)23時58分12秒
返信・引用
  参加します。小島会長の企画の成就を祈っています。  
 

ワインに親しむ会 参加の件

 投稿者:小口和文  投稿日:2016年12月 5日(月)15時59分27秒
返信・引用
  17日、諸氏の薀蓄話楽しみにしてます。
勿論参加します。
久し振りに大勢の人と会えること願ってます。
 

「ワインに親しむ会」続報

 投稿者:こじま  投稿日:2016年12月 3日(土)00時23分32秒
返信・引用
  先日 以前通った「ワイン会」の師匠と 今回呑むワインを決めてきました。
試飲もしてきました。 なかなか ですよ。

まだ 開催予定人数に届きませんが ぜひともよろしくお願いします。

気軽に 参加してくださいね。

ワインのいいところは その拡がる香りと共に
料理(ツマミ、肴ではない)との「味」に相乗、冪乗効果が生まれることです。
思いもかけない「旨み」と「楽しい会話」が 湧き起こります
ま、「お酒」であることは確かですが・・・
 

RE:ノンアルコールビール

 投稿者:ぎいっつぁ  投稿日:2016年12月 2日(金)20時56分4秒
返信・引用
  ノンアルコールビールは日本人らしい発想じゃないですか、外国にあるのかどうかは知らないけど。
好きで買って飲む人はいないんじゃないの?宴会で飲めない人の為のものだと思ってる。
アルコールを飲むとイカン時とか、アルコールがダメな人が宴会に出る時とかに 飲んでる人を
シラケさせない道具でしょ。(コーラを酌しても様にならんでしょう)
因みにアルコールを抜いたワインというのはべらぼうに高価だとホテル関係の人に聞いたけど
どうなんでしょう?こんなことをソムリエに聞いたら怒られるだけかな?
しまった!本論・・17日は氏子総代・新区長・宮司の打合せ会をやらざるを得なくなってしまいました。
申し訳ありませんがヒゲのオヤジは同時刻神社の社務所に詰めており欠席です。ごめんなさい。
鬼の居ぬ間に盛大にやってください。
 

Re;ワインパンティに反応したいんだけど

 投稿者:孝一郎  投稿日:2016年12月 1日(木)17時16分36秒
返信・引用
  久し振りに川柳を考えたが、あまりにも・・で投稿するのにはばかられた。

まさを君の娘さんの意見に賛成。似て非なるものが多すぎる。
例えば、カニカマ、一部の100円寿司のネタ、人造イクラ、成形肉・・。
でも、この類は安くて味が似ている。私なんぞは違いが分からない。

ノンアルコールビールは、味は似ているが高くて酔えない。
でも、車で宴会に行くときは私もノンアルビールを飲む。酔ったつもりになって騒いでいる。
世の中、気合いだ!
 

ワインパンティに反応したいんだけど

 投稿者:まさを  投稿日:2016年12月 1日(木)05時24分1秒
返信・引用
  なかなかうまい表現はない。ワインズロース、ワインブルマー、ワイン腰巻。

我ながら発想の貧しさに凹む。

馬鹿だからそっちに走る。ワインマ○コ、ワインチ○コ、ワインウ○コ、ワインショ○ベン。何も面白くない。小中学生並だ。

仕方なくワイン、酒(日本酒)醸造、ウィスキー(蒸留)、の違いとは何かとかロシアのウォッカとは如何なる範疇に属するのかとか、無駄なことを考え始める。

全く何の脈略もなく娘の意見を紹介。ノンアルコールビールってなんなのよ。お酒って酔うためのものでしょう。それにはアルコールが不可欠なのに、味だけを似せるなんてのは矛盾している。消費者を馬鹿にしている。

ちょっと親父に似ている。あいつ今後世の中・人生をうまく生き抜いていってくれればいいのだが。
 

日本画展のご案内

 投稿者:新井滋平  投稿日:2016年11月30日(水)11時59分25秒
返信・引用
   花岡哲象氏の絹本日本画展のご案内です。12月8日(木)~13日(日)<10:30~18:30>市立岡谷美術考古館(企画展示室・交流ひろば)で開催されます。作家は、期間中毎日14:00~18:30在場。ギャラリートークが11日(日)14:00~開催されます。入場無料。大勢の皆さん、お出かけください。
 17日の「ワインに親しむ会」、残念ながら小生欠席です。申し訳ない・・・・。篝火の会の賛助金は、納入させていただきます。新たな活動に参加しようよ!!
 

ワインパンティ

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年11月26日(土)18時57分59秒
返信・引用
  もとい。ワインパーティー
くるみもとんとご無沙汰しているし、ワインなんてつぶれるほど飲みたいところだが、
実は明後日手術。(まあ大した病気じゃないがね)
何事もなければ8日頃復活するけれど、そんな状態でワインもなかろう・・・
ということで、申し訳ないが参加できず。
 

酒は酒。

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2016年11月26日(土)13時38分41秒
返信・引用
  などと…小島学友会長が可哀想。院長もお気の毒。
と言っても、、、もっと残念なのは、僕。
4000円分コーラを用意しておいてね。。。ヒゲおやじさん。
参加します。
 

ワインパーティー

 投稿者:小松歯科医院  投稿日:2016年11月26日(土)07時50分18秒
返信・引用
  参加します。楽しみ!!  

参加したいけれど

 投稿者:まさを  投稿日:2016年11月26日(土)04時28分44秒
返信・引用
  諏訪は余りに遠い。交通的には近くなったが(中学の頃は東京へ行くのに5時間ぐらい掛かった)しかし近い遠いには、単なる物理的(時間、空間で計測される)距離とは別に、心理的・資本主義社会存在的距離がある。稼ぎの悪い(嗚呼、現代社会というのは、全て金に換算する世界なのだ。カルタだかトランプは、そのことをあからさまに言ったやつだ)

俺は、妻から与えられる月の小遣いが余りに少ないが故に、参加したいけれどできない。
何故小遣いを与えれるというような関係になってしまったかは、まさを論になるだろうが、まさをなんかに誰も興味を持たないだろうから割愛。

皆さん、楽しんで下さい(ワッキーのことを思い出してね)
 

ワイン

 投稿者:小松孝一郎  投稿日:2016年11月26日(土)01時02分10秒
返信・引用
  私はワインはよう分からない。でも酒は酒だ!
参加します。
 

こじま君とワインとの結びつき

 投稿者:まさを  投稿日:2016年11月23日(水)06時03分46秒
返信・引用
  には、感動させられる。こじま君と言えばグルメだからね。

そしてワインというと必ずワッキーのことを思い出す。高校時代何の接点もなかったんだが「くるみ」の集まりに、ただ黙って旨いワインを持参してニコニコしていた。
 

「篝火ワイン会」のおしらせ

 投稿者:こじま  投稿日:2016年11月22日(火)22時46分14秒
返信・引用
  篝火の会を お引き受けしながら お庭には「なしの礫」で すみません。

御柱に明け暮れた2016年でしたが 1年を振り返り さらに篝火の会の親睦・成長を願い、
クリスマスパーティー、忘年会を兼ねて 「ワインに親しむ会(元気に呑る会)」を行いたいと思います。
72回生ならば どなたも 篝火の会の会員ですので お気軽にご参加ください。

   12月17日(土) 7:00pm~
       カントリーキッチン 「くるみ」
       必要なお金 10000円 (ワイン4000円 + 料理1000円 + 篝火の会への賛       助金5000円)
        *賛助金は 当日篝火の会の 新しい組織・活動に「賛助」していただく趣旨のものです。
        *ワインは 6種類ほど揃えます(飲み放題のワインは 別途用意します)

 ワイン会といっても 決して堅苦しいものではありませんので 多くの方のご参加をお待ちしています。
 なお 15名以下では ワインをそろえることができませんので その時は 来年の正月に 別の企画を
 したいと思います。



            
 

RE:人生の終盤

 投稿者:まさを  投稿日:2016年11月19日(土)04時50分36秒
返信・引用
  そうなんですよね。いつの間にか。繁子ちゃんの仰るように俺だって皆さんと同じくそれなりにいろんなことがあった。でも過去を総体として振り返ると(俯瞰的にみると)、あっと言う間だったように感じる。

ニュートンや物理学が仮構する絶対時間(客観的時間)なんて、世をうまく理解・運営していくための単なる幻想だと思う。

とにもかくにも時間というのは不思議だ。幽霊でもない限り、存在するとは言語を使って時間-空間内に定位されることだが(だから我々(人間)は学校で歴史と地理を習うし、言葉を喋るとき「いつ、どこで」を付加する。「ギイーっちゃんは1950年、長野県で生まれた」 その「どこ」と「いつ」を、高校時代習った微積分のように極限化すれば、具体的な年代・地名ではなしに、時間と空間に行き着く。

とは言っても、空間よりも時間の方が不思議感が大きい。何故なんだろうか?

俺の話は抽象的過ぎる(こいつ、世界から浮いてんじゃないの?)から、無視して貰って全然構わない。
 

繋がり

 投稿者:ぎいっつぁ  投稿日:2016年11月18日(金)11時42分26秒
返信・引用
  最近になって FBを通じてやりとりできるようになった旧友、ひょんなことから大学の県校友会
との繋がりなどなど思いがけない繋がりが生まれています。繋がりの強弱や中身の色合いはそれぞれですが
人生の終盤にあっては どれも大事に思えます。自営の身には厳しい時代ですが、まだまだこれから・・、という気分でもあります。
リタイア組も含め 皆さんの健康を祈ります。
 

清陵諏訪支部総会

 投稿者:小松孝一郎  投稿日:2016年11月18日(金)08時50分2秒
返信・引用
  潔くんが投稿した諏訪清陵諏訪支部の総会が11日にありました。
小泉悦夫くんが諏訪支部長に、小島実くんが事務局に、藤森潔くんが新たにできた広報部長(だっけ?)に就任しました。
運営は84回生が担当し、全体で100人チョイの参加、盛会でした。

72回生は総勢6人の参加。来年・再来年はもっと参加して役員さんを盛り上げましょう!
 

長く生きて・・・・

 投稿者:宮澤繁子  投稿日:2016年11月13日(日)16時50分10秒
返信・引用
  60年も生きてくると、みんなそれぞれ艱難辛苦色々経験してきます。だから想いがあれば、友人の辛さに心いたみます。言葉はなくても、寄り添いたいと思っています。

哀しみは、時にゆだねて、返り花

大切な人をいつも、繰り返し繰り返し想いおこして、忘れないようにすることで、思い出が純化するようなきがします。
 

「ある」とは何か

 投稿者:まさを  投稿日:2016年11月12日(土)05時54分58秒
返信・引用
  「何か」と問題を立てた途端、事態は実体的思考に向かう。言語は「実体-属性」としか思考できない。主語-述語としなければそも言語が発動しない。

言語では言えない次元があるのだ。でもそのことは言えない。言うという行為が言語を介してしかなされない行為だからだ、ウィトゲンシュタインはその事態を、「人は分からぬことには沈黙しなければならない」と表現した。釈迦はそういう事態に対して解答を(回答?)与えることを拒否した。名高い「無記「である。

世界は難しい。当然であろう。世界が簡単であったならば我々が生きる価値・意味などない。意味や価値などが決して一義的に分からないからこそ我々は生きていられるのだ。

つまり我々は(言語を操る存在は)「何」と問うてはならない、「如何に」「どのように」を問わなければならない。
 

繁子ちゃんへ

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2016年11月 9日(水)20時24分15秒
返信・引用
  会うのはいつも『食べ物屋』でばっかり。。。
鰻屋にとんかつ屋、、、洒落たイタリアンはお互い縁遠いようで。(笑)
楽屋ネタは、この辺にして、11日は諏訪支部総会の日です。(清陵のですよ。上中では無い。当たり前か!)
諏訪支部は変則的な運営をしていて、支部長が2年交代。つまり偶数年次が引き受けることになっている。
70回生から72回生へと継承され、来年、再来年は『小泉悦夫くん』が諏訪支部長となる。
そんな訳で、11日に「成田屋」で初仕事。大勢の72回生に参加してもらいたいのだが・・・
繁子ちゃん、18時からだけど来れる? 会費は4000円。当日受付可能です。
 

本意をうまく伝えられなかった

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年11月 9日(水)19時13分15秒
返信・引用
  「見ているよ」も参加していることになるのかもしれないが、ちょっと違うような…
あまりにも人影がないお庭を見ていてそれでも繋がっていると思えるのならそれでいい。
なら俺も無理して盛り上げる努力はしない。

俺が書き込みをしなければ古田君もお庭に書き込むことはなかったと思う。余分なことをしてしまったと反省している。
 

(無題)

 投稿者:宮澤繁子  投稿日:2016年11月 9日(水)10時57分39秒
返信・引用
  お元気ですか?自己愛が母校愛に勝ってしまい、ご無沙汰しました。お庭のなかに沢山の優しさを見つけ、良いやつばっかし、と思いました。変なやつもいつぱい・・・・・

草の絮、飛びたき風を、待つやうに

茸名人、やっぱりジコボウはだめでした。3回山に入り10本くらい。他の茸は採れない素人の悲しさ・・・・来年もあるさ!
先日潔君に会った時、11月11日になんか清陵の会があるようなこと聞きました。何?
 

RE:残念

 投稿者:二代管理人  投稿日:2016年11月 9日(水)02時30分11秒
返信・引用
  私もぎいっつぁの考えと同じです。
書き込みをしてくれた古田くんの気持ちを思うと言葉もありません。
でもありがたく思います。

書き込みはしないけど「見ているよ」と言ってくれる学友はそれなりにいます。
「お庭」があることによって、どこかでそっとつながっている。
そんな感じでもいいのかなと思う時もありますが・・・。
 

RE:残念

 投稿者:ぎいっつぁ  投稿日:2016年11月 8日(火)23時40分9秒
返信・引用
  花縒りご主人 それはちょっと違うと思います。
学友は皆古田くんの身になってその辛さが分かるからこそどんな言葉も発することができなかった、そして未だにできないのだと思います。
少なくとも私はそうです。他の諸氏も多分お庭にやってきてもキーボードのどこを押そうか逡巡した挙句結局無言で閉じるしかなかったのだと思います。
お庭が寂しくたっていいじゃないですか?古田くんだって辛いのに一生懸命礼を尽くそうと敢えてお庭にきてくれた。お庭の存在価値は充分あると思います。
こんな具合に書き込みできるきっかけを作ってくれた団子屋ご主人には感謝してます。
(でもまだ 古田君にはかけられる言葉がありません、ごめんなさい。)

 

残念

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年11月 8日(火)17時21分9秒
返信・引用
  お庭には戻らないと言っていた古田君がせっかく書き込んでくれたのに、だあーーれも反応しない。一言も書かない。 みんな何なんだろね?
もうお庭はいらないということなんだろうか?
 

そうなんですよね

 投稿者:まさを  投稿日:2016年11月 7日(月)03時24分15秒
返信・引用
  あの人「俺にできるのだから誰にでもできる」とお気楽に考えているんじゃないかと思う。  

で、まさをくん

 投稿者:藤森 潔   投稿日:2016年11月 6日(日)18時32分18秒
返信・引用
  遅くなりました。返事をしないでいると・・・周りの人からもクレームが来る。。。

「子供の頃から、エースで4番♪」と言う歌を高校野球の応援団がよく唄う。
各選手にそれぞれの応援歌があるが(プロ野球でも同じだが)この応援歌を授かる選手はそうはいない。25年前の松商学園のエース「上田佳範」がこの応援歌だった。
ずば抜けた運動神経を持っていると、投げても打っても人並み以上になれるのだろうか。
甲子園を見ていると、かなり大勢の「エースで4番」が見受けられる。
でも、プロの世界に入ると、ほとんどは投手専門になる。数年やって投手で芽が出ないと野手に転向する。(その逆を行った選手はおそらくいないと思う。)つまり投手として一流になるということは凄いことだと。。。

件の大谷翔平くんだが、、、超絶ですね。
まず、フェースが良い(橋本マナミに似ているのが一番!余談だが橋本マナミ大好き。)アスリート面してないのが良いね。
(二刀流・・・やりたいのだから仕方がないが、、、)早く170kに到達してほしい。その意味で投手に専念してほしいのだが。。。松坂時代に150k越えで大騒ぎをしていたことが隔世の感がする。やはり超絶。でも素直すぎるのかね。糸井に165kをクリーンヒットされるあたりは。150kちょい超えで掠らせもしなかった「大魔神佐々木」は今更ながら『大魔神』だった!
まとまらないけど・・・「快刀乱麻」を期待。
 

で、潔くん

 投稿者:まさを  投稿日:2016年11月 2日(水)04時48分5秒
返信・引用
  話は大谷翔平についてだが、球速165km/hを出して、ホームラン22本。
素人目にも凄ぇと思うが一体どれくらい凄いの?

野球解説者の金村が「漫画を越えている」とか言っていたが、大リーグボールを投げる星飛ゆう馬(巨人の星)だって、肩に負荷かけて鍛えて涙ぐましい努力の末の剛速球ピッチャー。でも彼はホームランバッターではない。

しかも大谷君、まあまあハンサム。動画での振舞いを見る限り性格もよさそう。
「天は2物を与えず」(多分キリスト教に由来すると思われるが、確証はない)ということわざがあるが、真っ赤な嘘ですね。

四字熟語で言えば、空前絶後、驚天動地でしょうか。

多分彼(やイチロー)は、やってできたんだから周りが騒ぐほど凄いとは思っていないんだろうと思う。それにたかが野球という言い方もできる。人類の苦悩(?)を救うような宗教を創始したことや、真理を明かす大哲学を打ち立てたのでもない。人類に役立つ大発見をした訳でもない。

でも凄いよなあ。彼が球速170km/hを出したところで俺の人生には何の関係もないが、怖いもの見たさのような心理か、見たいよね。
 

お礼

 投稿者:ふるた  投稿日:2016年10月29日(土)09時15分30秒
返信・引用
  家内の生前中お世話になった皆様に心よりお礼申し上げます

経緯を簡単に
6月頃から微熱と咳。孫の風邪が伝染ったと思い医院を受診。抗生物質を飲むも改善せず、腹水も貯留して来たため信大病院で精密検査。
9月1日に診断が確定。 子宮体がんステージ4b 肺,リンパ、腹膜への転移。 手の施しようの無い最悪の結果。
9月7日に転院し、緩和療養に入る。
10月16日 逝去
最後の一ヶ月間病院に泊まり込み、看取りました。
療養中は痛みや苦しみの無かった静かな最後でした。

喪失感 悲しみは辛い
 

場所は

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年10月29日(土)04時42分57秒
返信・引用
  場所は下社御柱街道沿い蝶ヶ沢発電所下の川の中  

Re:第二の石仏

 投稿者:藤森 潔   投稿日:2016年10月28日(金)10時30分8秒
返信・引用
  何処にあるんですか?
興味あるな~!
 

第二の石仏

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年10月27日(木)10時48分23秒
返信・引用
  なんか沈滞気味なので…

最近下諏訪の山の中に第二の(万治の)石仏があるという情報を得た。
これは一度行ってみなければ。
 

お悔み

 投稿者:二代管理人  投稿日:2016年10月18日(火)12時08分13秒
返信・引用
  悲しい知らせですね。心より哀悼の意を表します。
言葉もありません・・・。
 

訃報

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年10月17日(月)17時26分44秒
返信・引用
  独断で書き込むので、余分なことしてと怒られるかもしれないが、新聞にも出るだろうし、そのうちわかってしまうことだと思うので報告します。
昨日古田君の奥様が亡くなりました。まだ若いのにかわいそうです。古田君相当落ち込んでいます。
 

7年に一度それとも6年に一度?

 投稿者:まさを  投稿日:2016年10月16日(日)07時02分31秒
返信・引用
  義母に「御柱際というのは7年に一度行われる聖なる祭りです」と諏訪根性丸出しで言った。あんた馬鹿じゃないの、6年に一遍でしょ。そう言われれば確かにその通り。

子どもの頃親が「あの子は満何歳、数えでは何歳」という言い方がちょっと不思議だった。

それは多分、0を数えるか数えないかであろう。俺は1950年生まれだ。1956年のとき6歳とするか7歳とするかは定義による。生まれた瞬間を0と置くか1と置くかは恣意的である。我々は0を当然とするインド文化(それが伝播したヨーロッパ文化)に慣れ切っている。が故に生まれてから1年未満の子は0歳児だと思う。論理的整合性はある。

でもさあ、ここに実際に子がいるんだぜ。存在することを以って0(=無)とするのはおかしかねえか、というのが他方の言い分である。存在するからには1だろう。

何年に一度という意味では、義母(東京生まれ東京育ちだが、元を辿れば諏訪とも関係があるらしいが)の言うことは正しい。しかしその「何年」を数えるのに御柱があった寅年を0とするか1とするかは恣意的である。

大袈裟だが、そんな平凡な出来事の中にも何やら形而上学的出来事(実は訳の分からないこと)が露呈しているのだ。
 

余り1って

 投稿者:まさを  投稿日:2016年10月16日(日)03時43分50秒
返信・引用
  発想が凄い。天才はもた。

最初に余りの重要性に気づいたのは、近代整数論の祖(とか固い表現ごめん)フェルマー
だった。彼が、4で割ったら1余る素数と3余る素数の違いに初めて気づきそこから(つまり余りから)すべては始まった。

歴史上最大の数学者とも言われる人に、ガウスという人がいる。こいつ18歳のときに平方剰余相互法則第一補充則の発見・証明(厳しい名前で何だか怒られているみたいですが、多分高校生でも理解できる)して、言語学者になるか迷っていたが数学者になることに決めたという。-1は4で割ったら1余る素数の平方剰余になるって話なんだが、フェルマーの「4で割ったら1余る素数は2個の平方数の和になる」という言明がなかったら、ガウスの(いかに大天才といえど)発想そのものはあり得なかった。

その後ガウスは合同式なるものを考える。3日が日曜だとすると、3+7=10も日曜だ。(多分小学生も理解すると思う)7で割った余りの等しい数を同一視してしまうのだ。実は誰もやっていることなんだけど、それを意識的に取り出し数学の対象にしてしまうなんて、ガウスは何て奴だ(それ以前にオイラーが気づいてはいるが) 要するに群論的思考、古代からの数学が更なる抽象化を遂げた歴史的出来事です。

だがねガウス君、君だってフェルマー師がいなければそんなこと(たかが割り算の余りだ)思いつかなかっただろ。
 

松枯れ

 投稿者:藤森 潔   投稿日:2016年10月15日(土)19時34分0秒
返信・引用
  そう、ぎいっつぁ 長野に行く都度 写真を撮るが・・・うまく写らないので(義国くんに同行してもらうかな。)しばらくパスしていたが・・・あまりに酷い。
自然豊かな信州なんてフレーズ使うんじゃない!
森林税も徴取されてるよね。ひとり500円と企業から均等割りの5%
平成23年度で6億5千万円ほど。(県HP参照)
額の多寡ではない。行政の稚拙さに腹が立つ。
本当に切ない。
 

計算が出来ないので・・・

 投稿者:藤森 潔   投稿日:2016年10月15日(土)19時14分11秒
返信・引用 編集済
  はもたさん、久しぶり!
(松林学級出身なのにどうしてこんなに差がついちゃったの?)
(楽屋ネタですね。。。皆さんにはわかんねーだろうが)

そこで僕なりに調べました。超アナログな方法ですが、、、電子カレンダーで
2022年の10月を出してみたら・・・なんと! 823年も必要なかった。
恥ずかしいですね。(団子やにも昨日笑われたが)
まさをくんから、クレームが来なかったので・・・良かった。

6年後ですか。。。貫一お宮みたい。(笑)
 

Re:キノコ豊作

 投稿者:はもた  投稿日:2016年10月15日(土)17時36分40秒
返信・引用 編集済
  遅ればせに、今度10月22日が土曜日になる年を考えてみました。
1年365日を7で割ると余り1。1年に曜日が、一つずつずれていくことになります。
来年2017年は日曜日、次の年は月曜日、2019年は火曜日、うるう年の2020年は2つずれて木曜日、2021年は金曜日、そして2022年は、問題の土曜日です。
そんなこと、わかっていたよという声が聞こえそう。
潔くん、お金があっても、なくっても6年後の10月は、くるみでお茶しましょう!!
 

遅い!

 投稿者:ぎいっつぁ  投稿日:2016年10月14日(金)19時42分18秒
返信・引用
  先日の信濃毎日新聞にこんな記事。
ひどくなってから手をつければ格段に高上がり、行政のやることは遅すぎ。
 

ホントだ。

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2016年10月10日(月)08時19分45秒
返信・引用
  でも、お金が舞い込んでくる事を期待して…石のお店で『水晶』買ったりしてんだけどな。
欲深いと効能がないのかもね。
 

823年

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年10月 9日(日)17時27分6秒
返信・引用
  そんな馬鹿な、と思って調べてみたら、やっぱりデマのようだね。  

Re :キノコ大豊作

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年10月 9日(日)13時23分50秒
返信・引用
  えっ? GF知らない?
グリーンファームって都会の人の間でも結構知られているんだけど・・・
 

キノコ豊作

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2016年10月 9日(日)12時09分22秒
返信・引用
  伊那のGFって何なの?

そう言えば、機関長のとこの息子の嫁さんが、初めての山行きで『松茸』ゲットしたってさ。
実家に送ったとか…(僕には誰も送ってくれない。機関長が昨年の冷凍物を1本くれたのだが、、、)

全く別の話ですが…今年2016年の10月は土曜日、日曜日、月曜日がそれぞれ5日あります。
これは823年に一度しかないそうです。これはお金の袋と呼ばれ、この事を少なくとも5人以上の人に伝えると
4日以内にお金が舞い込んでくると言われています。風水の謂れだそうです。

5人読んでるかな~?
読んだ人、反応して!
 

きのこが不作?

 投稿者:花縒り主人  投稿日:2016年10月 8日(土)17時29分59秒
返信・引用
  今年のキノコは大豊作だよ。ただジコボウだけは全国的に大凶作。
俺は一度だけビク一杯弱採ったけれど、北海道なんて全く採れないらしい。
それ以外のキノコはほぼすべて大豊作で、マツタケなんか生まれて初めて採りました、なんて奴がいっぱいいるし、伊那のGFなんか山積みになっている。
こんな年はちょっと聞いたことがない。
仕事もなく家でぶらぶらしている皆さんはキノコデビューの絶好のチャンスですよ。
でも今年は熊も多いから、その辺の対策をとって山に入らないと危ないよ。
 

神話的人物を祀るのか、

 投稿者:まさを  投稿日:2016年10月 6日(木)06時40分33秒
返信・引用
  歴史的人物を祀るのか、自然物(守屋山)を祀っているのか。
博多天満宮では「菅原道真」という歴史的人物が、明治神宮では明治天皇という歴史的(実在の)人物が祀られている。

伊勢神宮はアマテラスだっけ、それとも天智天皇だっけ? 諏訪大社は「タケミナカタの命」だっけ、それとも「守屋山」だっけ?

こんな風に神話と現実とを平気で混交して、あろうことかそれを祭りに表現している。
例えばキリスト教のクリスマスを見よ。あれは一応イエスが実在したという前提の祭りだ。実在というのは多分人間としてということだ。彼は多分苦しみも悲しみもしたであろう。それをキリスト教は、彼(イエス・キリスト)は神であり且つ人間であるという奇妙な概念を創出することで回避してしまったのだ。

日本人はまた、神であるものが神話的存在であるか実在的な人物であるか、はたまた自然物(人物ではない)であることをぼかすことによって、最終の真理を誤魔化しているのだ。「誤魔化す」というと御幣があるかもしれない。

誤魔化すと言うと御幣があるかもしれない。だってそうでしょ。世界に始まりがあるかなんて誰も言えないでしょ。「始まり」という概念は誰もがこの世界に生きて覚えた概念であり、学級会だの運動会だのオリンピックだのには全て「始まり」があった。でもそれは世界の内部の出来事であって、世界そのものに対する言及ではない。

ちょっと疲れた。いつもながらの屁理屈のオンパレード、済みません。
 

御柱

 投稿者:孝一郎  投稿日:2016年10月 4日(火)01時26分45秒
返信・引用
  この前の日曜日、八剱神社の正遷座祭があって八剱神社の御柱が終わった。

八剱は御柱の前に、正殿にあるご神体を脇の仮殿に遷座する仮遷座祭を行う。
そして四方に御柱を建てるとともに、正殿・仮殿にある千木(屋根の両側にある×字状の木)のみを付け替える。

御柱の起源や理由は諸説あるが、八剱の形態を見ると正殿の建て替えが簡略したものと考えられる。

因みにご神体は御柱毎に錦の袋が新調され上に重ねられる。遷座中は平伏をし見てはいけないが、チラ見すると相当な大きさになっている。
宮司と大総代がかなり苦労して移していた。中身は宮司も知らない。
まだまだ御柱は続く・・。

関係ないが、当日知人からジコボウをもらって早速キノコ汁にして食した。初物である。
今年はキノコが不作のようだ。
 

そうなんですね

 投稿者:まさを  投稿日:2016年10月 3日(月)03時54分56秒
返信・引用
  我ら人間は、人間のことを語る際、人間は人間のことしか語らない。宇宙の果てとかITの発達によってロボットも意識を持ち得るのではないか。結局語っているのは「人間とは何か」ということである。

あの天才的物理学者ホーキングも語っている。人間はITに占領される。でもITが「意志」を持ちうるのか。

だから問われているのは、意志とは何かということなんだよね、俺は右手を上げたいと思ってあげた。何故そう思ったのだいと問われても答えることはできない。

人間は意志することはできるが、意志を意志することはできない。

俺はあのかわいい子ちゃんとめくるめくマ○コをしたいと思うことはできるが、あの子とマ○コしたいと意志することを意志することができるのか?

意志というのはどこで発動しているのか? その「どこ」が分かればそれが「俺」の正体であろうが、でもそれがどこかは分からない。
 

RE:諏訪

 投稿者:ぎいっつぁ  投稿日:2016年 9月29日(木)14時38分26秒
返信・引用
  稲作をベースにした神事が目立つ天皇家やそれに追随する神社の神事と比べると、諏訪大社のそれも
上社、前宮の神事は異様だ。下社は上社よりずっと後から建てられている(らしい)から
神事も祭り全体も全く異なる。
諏訪はひとつと言うけれど、御柱を見ていると諏訪は二つに思える。
御柱はまだ続くけど、そんなことばかりしていられない。次はきのこだ。
 

御柱とは何か、諏訪とは何か?

 投稿者:まさを  投稿日:2016年 9月29日(木)05時11分31秒
返信・引用
  ギイーちゃんが言ったように、これには答はない。祭儀のあり方が類例がない。

タケミナカタを祀るかと思いきや、更に古層に遡って「ミシャグチ」をも祀っている。

古代の政治的闘争に於いて、機内の豪族一族(天皇様さまの一族)に叛旗を翻しているのが、御柱祭であり、諏訪の心意気ではないか。

俺は、諏訪といえるか言えないかの川岸で育ち、しかも親父の出は小野で諏訪の外だ。そんな俺は諏訪に親近感がある。

御柱祭以外の祭りは全て、天皇制に則った祭りである。御柱祭だけが一人天皇制に異を唱えているのだ。(こう言ったからといって、まさをは右翼だの左翼だの言わないで欲しい)

諏訪(という地域)とか御柱祭というのは、実に謎に包まれている。日本歴史(文字で記述される以前の)の枢要なことを語っているように思う。
 

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